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2007年12月13日
食べ物を加工する目的って何だったっけ?
こんばんは
さあさです
先週はなんで屋さんに週に2回もお手伝いに行ってしまいました
店主さんたちとお題やカードデモを聞いて、いろいろなことを話してきました。
その中でも、ある店主さんと食の話から、たまたま「美味しんぼ100巻」の話になりました。
第100巻は青森編だったんですが、その中で、青森の人の食材の保存方法、調理方法が原日本人の食文化ではないか?という話でした。
ん?原日本人の食文化ってなんだ?
どうやら、食材を保存することがキー
のようなんです。
では
食にからめて今年のニュースを見てみると・・・
食品偽造問題が相次いで取り上げられていましたよね~
白い恋人、赤福、マクドナルド、ローソンなど賞味期限問題や、原材料の偽装表示、おかしな調理法などの内部告発が次々と続きました
賞味期限や食の安全って何なんだろう?
って疑問に思ったのではないでしょうか?
このブログでも1度紹介したことがありました。今日は、まずこの賞味期限の問題について、るいネットにちょうど記事があったので、その紹介から・・・・
前置きが長くなりましたが、
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ありがとう
>賞味期限とは、主に加工食品について、安全性や味、風味が保たれる期限として製造者が設定し表示するものである。
>食品がまだ食べられるか否かは、外観の変化を見たり、においを嗅いだり、少しだけかじってみれば概ね判断出来るものであり、生鮮食品については従って賞味期限の表示義務はない。また、米についても、精米年月日(玄米を精白した日付)を表示することとなっており、そこから現時点での品質がどれほどのものか、経験的に判断出来るという感覚(実態)を残すものだと思う。
>加工食品についても、安全性や品質劣化の程度は、同様に人間の五感で判断出来るものがほとんどと思われるが、こちらはむしろ流通の問題から、賞味期限表示がなされていると考えられる。みそ、しょうゆ、といった調味料から、乾麺、レトルト食品、菓子類など様々あるが、比較的長期間保存が利くからこそ、スーパーの棚に並んだ製品を手にしたとき、いつまで保つのか、目安となるものであろう。
>実際の加工食品の流通では、箱や袋に入っていて中が見えない、誰がどこでどのように作っているのか分からない、どのくらい保つものなのか分からない、そもそも初めて知る食べ物である、といった事が、(消費者の経験(知恵)の低下と相まって)賞味期限の表示を必要とさせているのだと思う。
生産者と消費者が区別なく、あるいは少なくとも互いの信頼関係に基づいて、生産、消費が行われていれば、本来必要のない表示であろう。食べ頃はいつなのか、どのように保存(保管)すべきか、どのくらい保つものかといったことを、生産者から消費者に直接伝えることの方が、本質的に重要な事だと思う。
なるほど~
賞味期限って加工食品について安全性や味、風味が保たれる期限として製造者が設定し表示するものだったんですね。
では、加工食品って?
(それが、美味しんぼ100巻の中にもヒントがありました
)
そもそもは旬のキノコ、野菜、魚、肉、または米、小麦をどうやって長持ちさせて美味しく食べられるようにするか?作物が採れない時期に、どうやって食べ物を保存しておくか?から生まれたようです。
つまり手に入れた食材を無駄なく、美味しく、保存することが目的だった。というわけです。
でも、現代の加工食品って、加工する目的は、見栄えをよくするため、輸送しやすくするため、陳列時間を長くするため。 の市場の都合にずり落ちますね
そんな理由で、添加物、保存料、着色料という科学物質をどんどん使っている
なんだかありがたみも薄れるし、無駄なく調理して食べようなんて気持ちも感じられないし
確かに「もったいない」なんてあんまり思わなくなってる
ふむふむ
賞味期限の問題構造がだんだん見えてきました
食べ物を加工する本来の目的からどんどんずれてるし、生産と消費が分離してるから、こんな問題が起きてくるわけですね。
原日本人の食文化って、食の生産、食事の支度、実際食するのも自分たち。
そしてその季節に、その土地で採れた物を大事に無駄なく食べていた
自然の摂理
に則ったスタイルだった。
しかし、現代、食はすでに市場原理に渡ってしまい、問題が大噴出中
だからこそ、本来の食のあり方を見直していく必要があるんですね
なんで屋さん、追求のきっかけや気付きをありがとう
また、勉強していきたくなりました
投稿者 staff : 2007年12月13日 20:35
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コメント
ホント、そうですね。
もともとは無駄なく保存するために生まれたはずの加工食品なのにぃ~(>0
いつでも好きなものが食べたいっていう、人間の欲望を感じてしまいます。。。。
今は流通も発達して、年中いつでも好き勝手に自分の好きなものが食べられてしまいますもんね。。。
それって、キケンですね。
投稿者 あこりん : 2007年12月14日 06:38
あこりんさん☆
コメント、ありがとうございます。
>年中いつでも好き勝手に自分の好きなものが食べられてしまいますもんね。。。
この状況、ほんと、キケンですよね~(>0<)
しかも「史上の中でこんな飽食の時代って有り得ない!→有り難い!ことなんだ」って忘れてるし。。。
食については、人間誰でもが、いつでも、美味しく、たくさん食べたいという欠乏はあると思います。
そこに付け込んだ市場の有り様や、欠乏を実現可能性にした先人の知恵など、学ぶべきものがいっぱいあるなあと思ってます。
投稿者 さあさ : 2007年12月14日 14:32
>食べ物を加工する本来の目的からどんどんずれてるし、生産と消費が分離してるから、こんな問題が起きてくるわけですね。
うんうん、たしかに。
いつでもどこでも、食べ物が手に入るということは、便利さに比例して、危険度も上がったといい変えられんですね。
改めて、食に対する感謝を原点にして、問題の解決をはかっていきたいですね。
投稿者 リンゴヨーグルト : 2007年12月16日 16:31
>リンゴヨーグルトさん
コメントどうもありがとうございます☆
そうなんです!
食べ物の市場は便利さに引き換え、危険度も上がってます!
食はみんなにとって身近で欠かせない物だからこそ、見直しや感謝が問われてると思います。
投稿者 さあさ : 2007年12月18日 01:01
>リンゴヨーグルトさん
コメントどうもありがとうございます☆
そうなんです!
食べ物の市場は便利さに引き換え、危険度も上がってます!
食はみんなにとって身近で欠かせない物だからこそ、見直しや感謝が問われてると思います。
投稿者 さあさ : 2007年12月18日 01:10