環境問題の正体は!? | メイン | 構造化能力を身につけるチャンス☆
2008年01月14日
みんなは、どっち? 「なんとかするぞ」!?「なんとかなるさ」!?
こんにちは~
やまずんです
今日は、成人の日
新成人のみなさん、おめでとうございます
社会人のみなさん、仕事ももうすっかり通常通り始まりましたね
いきなりトラブルに直面
どうしようって方もいらっしゃるかも知れませんね。
今日は、そんな時の意識のお話
です
みなさんは、どっち
「なんとかするぞ
」と「なんとかなるさ
」
以下は、職場の仲間、お客様、誰からも信頼されている、そして女の子にも大人気
の男性の意見です
『なるようになる』という言葉は、何か他力本願で主体性?がないように言われることが多いのですが、課題を前にしたとき、いつもそんな風に考えています。そのことを話すと、そんな消極的な意識じゃダメなんじゃないですか?と結構びっくりされました。このすれ違いは何?
う
ん、確かに。
「なるようになるさ」って、ちょっと頼りないイメージ
男なら、「オレがなんとかします
」とか言ってよーと思ったりして。。
でもね
続きを聞いて、ものすご~~く納得しちゃいました
みなさんも、仕事をする上でのスゴイ気付き
になると思います
まず、課題の実現を考えるとき、取り巻く現実をつぶさに頭に入れます。その上で、突破方針を考えます。この時点での方針は、ある意味理想形であり、いまだ実現していないという意味で架空の収束先です。このとき『なんとかするぞ!』という主体性?を意識の中に感じ取れます。
しかし、方針に則り作業がすすむと、今までわからなかったことの構造も鮮明になり、『なんとかするぞ!』意識は『このようになる』『このようにしかならない』等、新しく発見した現実の構造を受け入れて、突破方針を再度組み替えていきます。
これを、繰り返しているうちに、全て現実の裏づけのある収束先にたどりつきます。当初状況が不鮮明のままで出した理想形の方針は、そのままでは実現不可能であって、現実の事実構造に裏づけられた可能性へ収束し、『なるようになった』『落ち着くところに落ち着いた』という感覚になります。
この過程では、力の入った『なんとかするぞ!』という感覚はなくなっています。そしてこれは、強引に突破していくという感覚ではなく、覆い隠された可能性収束先への道を、丹念に探し当てるという作業の様に感じます。
そう思うと、『なんとかするぞ!』という意識が最後まで残っているのは、(自分の“今”の能力も含めた)取り巻く現実を受け入れていないからだと思います。理想形を実現基盤も発掘しないままでなんとかしようと思うと、精神論=『なんとかするぞ!』くらいしかなくなるからです。
反対に、どんなときでもその作業の結果(現実)を、受け入れていけば、実現可能なところへおのずと収束し、課題は解決に向かうのだと思います。ただし、追求を止めなければという前提付ですが。このことを、『(現実を対象化し追求していけば)なるようになる』と感じていたのいだと思いました。
頭を使うとは、このように、実現に向けて現実を構造化し可能性を模索し続け、『なんとかするぞ!』等の、対象から切り離された主体の『意思』に焦点をあわせた思考法から、主体=対象となって『なるようになっていく』という『状態』に焦点を合わせた思考法への転換だと思います。
一見イメージが正反対の様に感じてしまいますが、実現思考とは、『なんとかするぞ!』思考から『(現実を対象化し追求していけば)なるようになる』思考への転換ともいえると思います。
わぁ~、目から鱗・・
確かに、そうだぁ~
現実もないも見ずに「オレがなんとかします」て言葉だけじゃ、全然ダメやん
理想論だけじゃ、なんともならないよ~
(実は、私も精神論タイプだったりします・・
)
実現基盤を発掘し、柔軟に方針を組み替えて「なんとかなるさ~」って人の方が頼りになる
てか、そういう思考法じゃないと、常に上手くいかないですよね
理想論の場合も、「たまたま」上手くいくこともあるかもしれないけど、次上手くいくかはわからない。
けど、現実直視の「なんとかなるさ」思考なら、
常に現実の変化と共に最先端の可能性に収束していくから常に上手くいく
使っていきたい認識です
投稿者 member : 2008年01月14日 01:38
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.nandeya-card.net/cgi/mt-tb.cgi/311
