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2009年12月04日
社会における「有能」・「無能」とは!?~みんなのことを考えられてこそ、成長できる!~
お金や地位が、第一義価値をもっていないことは、今や当たり前の実感になっています
その反面、子どもの頃から勉強漬けのお受験戦争が異常に思えてきます
ともかく、自分の成績のみに無理やり目を向けさせられる子ども
そんな“自分のことばかり考えている”人が、
エリートになったところで、社会の役に立てるのでしょうか
むしろ、自分のための勉強しかしてこなかったら、健全な心が育たない
みんなのことを思いやることができない
みんなにとっては、心が壊れていることのマイナスの影響の方が、勉強ができるプラスよりも、よっぽど大きいのだと思います
「有能」や「無能」という言葉は、人の能力を示す言葉としてよく使われますが、
それって、何によって決まるのでしょうか??
今日は、すっきりする
答え
をご紹介します
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(いつも、ありがとうございます
)
エリート(高学歴者、官僚etc)批判は様々なところで耳にする。使い物にならない、すなわち「無能」であるという少々過激な表現まで飛び出しているようだ。実態としてこういう声が噴出しているということは、それだけ多くの人がそれを実感しているのだと思われる。
とはいえ、エリート層を対象にして「無能」呼ばわりできる人が世の中にどの程度いるだろうか?少なくとも、「勉強」に代表される何らかの点で高い能力を有しているはずだし、実際何でも器用にこなす人間もいる。
そして何より、一般的に「エリート=能力の高い人」というイメージが形成されているのも事実だろう。
ただし、これは「個人の能力」という観点で有能・無能を分けているから生じる発想だと気付いた。先日、ある経営者がこのようなことを仰っていた。
『自分のことしか考えていないのが無能
みんなのことを考えて追求するのが有能』
言われてみればそうだ。社会すなわち「みんな」の目線から見れば、例え何かを遂行する能力が高くても、それがみんなにとって役に立つものでなければ無能。むしろ、自分の欲求ばかり満たそうとするから周りにとっては有害だろう。
有能と無能を分かつもの、それは『周りのことを考えているか、自分のことしか考えていないか』である。
これは、みなさん納得すると思います
学ぶことは、すべて社会やみんなの役に立つため
一番嬉しいのは、自分の達成感よりも、周りの評価
もう、受験のため、自分のための勉強、教育では、無能者の量産にしかなりません
みんなに意識を向けていける環境をつくること、そしてなによりそれを体現する大人でいることが何よりの教育だと思います
投稿者 staff : 2009年12月04日 20:18
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コメント
『自分のことしか考えていないのが無能
みんなのことを考えて追求するのが有能』
なるほど!ですね☆
このように認識すれば、“無能”と“有能”は固定的なものではないってこともわかりますね。
みんなのことを考えて追求していけば、みんな有能になることができる☆
学校(でなくてもいいけど)で最初に教えたいことだと思いました☆
投稿者 ニシヒデ : 2009年12月04日 23:56
コメントありがとうございます☆
確かに「有能」と「無能」を、個人の資質的に考えてしまって、固定的に捉えていました!!
誰でも、有能になれる!
これってすごい可能性ですよね☆
みんなに伝えたい!
最初に教えたい!
私もそう思います(*^^*)v。
投稿者 やまずん : 2009年12月07日 20:12


