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2010年01月29日
今日一日、何人の人の活力をあげられただろう?
みなさん、こんにちは~
毎日の仕事や生活の中で、
成長していきたい
、充実させたい
って思っていますよね
目標を掲げても、それがうまくいってるのか?
なかなか自分では分からないものです
それをはかる指標
として、とってもいいものがあるんです
今日は、それをみなさんにご紹介いたします
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(ありがとうございます
)
本田さんの投稿を見て、会社の先輩がこんな風に話をしてくれました。
(以下先輩の話)
同類闘争は組織力でしか勝てないのなら、組織みんなの活力をいかにあげられるか?にかかっています。そして当然、自分はその中の1人なのだから、それがなければ闘えません。 活力の源である期待応合は表裏一体で、周りの活力をあげた分だけ、自分の活力=やる気=意気込みも「さらに」あがる→成果もあがるという構造なのだと思います。例えば、「今日一日、何人の人の活力をあげられただろう?」=「何人の人から活力をもらっただろう?」と振り替えるのも有効だし、それが自然とできないなら、「今日は何人の人の活力をあげるためにがんばろう」と課題化してみる。
最初は「あいさつをしてみよう」でも「話しかけてみよう」でもいいと思います。要は「今まではやらなかったことをやってみる」ということです。そのうち特に男の場合は「組織のために外圧に真っ向から立ち向かう」ことが周りの活力をあげるのだということを体得できていくのだと思います
(以上先輩の話)
その週や、その月に実現したい事を目標にかかげ、一日の最後に振り返っていましたが、目標に向けて今日はしっかり動けていたのか判断に迷う事がありました。
この話を聞いて、「今日一日、何人の人の活力をあげられただろう?」という判断軸で一日を振り返る事を継続すれば、ぶれずに真っ当な判断ができると直感しました。
上記の問いを継続していきたいと思っています。
なるほど~
自分の中に評価を問うても、なかなか確信が得られないものです
評価は、自分ではなく、相手や周りにゆだねるもの
それでこそ、実感も湧くし、自信もつくんだと思います
みなさんも、ぜひ試してみて下さい
投稿者 staff : 10:53 | コメント (0) | トラックバック
2010年01月27日
ノーテレビデイ☆.。.:*・°

こんにちは~
あこりんです
今日は、るいネットでもたびたびいわれている『テレビの弊害』についてです☆
1週間、まったくテレビをつけずに生活された方がいらっしゃいます☆.。.:*・°
その効用はというと・・・
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(ありがとうございます
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テレビの弊害に関する議論が深まっている事を受け、私自身も1週間ほどまったくテレビをつけずに生活してみました。
各自治体で実施されている「ノーテレビデイ」
「ノーテレビチャレンジ」
といった活動でも「親子の会話が増えた」「勉強する時間が増えた」などのプラスの報告があがっていますが、私自身が実感した変化を報告したいと思います。
①生活習慣が安定した
今までは見る見ないに関わらず、朝起きたらテレビをつけ、帰ったらテレビをつけ、日によってはダラダラと見続けてしまう事もありました。しかし、テレビをまったくつけないと、同じ時間に就寝・起床する事につながり、生活習慣が安定してきました。
②物事を考える時間が増えた
無目的に映像を眺めている時間がなくなった分、現実に直面している問題について考える時間が増えました。普段無意識にすごしていた時間の中に、実はもっと有効に使える時間があったんだという事に気づきました。
③情報を主体的にキャッチしにいくようになった
今まではテレビを通じてなんとなくニュース等の情報を目にしていました。これが遮断された分、目的を持って、主体的に情報収集する場面が増えたように感じます。
④目覚めが良くなったテレビをつけなかった事が影響しているかは定かではありませんが、この1週間、大変目覚めが良かったです。今までは目覚ましが鳴ってからもなかなか起きられないような事もありましたが、目覚ましが鳴る前に自然と起きられるような日が増えました。生活習慣が安定した事と、寝る前に光の刺激を受けない事が深い睡眠に繋がっているのかもしれません。
※以上4点が気づいた点ですが、1週間でこれ程の変化を感じるとは正直思いませんでした。みなさんも一度試してみる事をお勧めします。( 『テレビをつけるのを止めて変化したこと』 より)
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①生活習慣が安定した
②物事を考える時間が増えた
③情報を主体的にキャッチしにいくようになった
④目覚めが良くなった
と、いいことづくしですね☆.。.:*・°
特に、 「考える時間が増えた☆」っていう影響は大きいと思います。
テレビによって、いかに思考する時間が奪われていたのかと思いますね
『必要か否か』 はもちろんのこと、 “見ないほうが充足するから”っていう理由で、テレビ離れはすすんで行きそうですね
投稿者 staff : 00:16 | コメント (6) | トラックバック
2010年01月22日
感情は共感のためにある ~アマゾン先住民・ヤノマミ族の暮らしから~
みなさん、こんにちは~
ひょんなことから未開部族の暮らしを知る機会があったのですが、
その生々しい生き様やありのままのしぐさや表情の美しさに、目を奪われました
どんな内容かというと・・
「アマゾン先住民~ヤノマミ~」のドキュメントから
特に印象に残った点は、
①一体感のあるオープンな住居
「シャボノ」と呼ばれる楕円形の共同住居には村人の70人全員が暮らしています。大きな中庭の周囲にぐるりと輪になる形で屋根あり、中庭からは各住居の様子が丸見えです。しかも各住居には間仕切りが無いのでシャノボ内は全くオープン。
何が起こってもすぐさま集団内に伝播するような、共認域をそのまま居住空間にしたような感じです。
②とにかく、みんな充足基調
何か面白いことをいつも探している。泥かけ合戦もその後の水かけ合戦も綱引きも日常的行われている筈です。誰かが始めると直ぐにみんなが同調します。オープンな場なので、みんなが参加せずには居られない感じです。
みんな心の底から笑うし、その笑顔が美しい。充足感情が全体を包み込み参加者が多いほど充足度が大きいことをストレートに体現している。肩を抱き合うスキンシップの挨拶や釣りの合間にも花飾りに熱心な女性たちなどを見ていると、集団の充足基調の中心に女性がいるんだなと思いました。
③表情から人物を読み取る能力に長けている
外部からの訪問者を受け入れるかどうかは長老が判断してました。男の場合は村長が女の場合は女長老が対応します。今回は女優であったので女長老がじっと彼女の表情を観察していました。このときの真剣な眼差しとその後の笑顔との落差に本物を見抜く眼力の凄さを感じます。
女長老が肩を抱き受け入れると、次に村長が肩を抱く。すると全員が肩を抱きに集まってきます。集団の存続に係るような大きな責任ある課題の一端を女長老が担っています。また、リーダーの判断にはみんなが絶対的な信頼を寄せているのもよく判ります。
④泣く時は、みんなで泣く
番組で、みんなが涙を流して泣いているシーンは三回ありました。一つは先の女優が体調を崩して寝込んだ時。そして、祭りの日のクライマックスで今年死んだ男の子を偲ぶ時。もう一つは女優との別れのシーン。いずれも、みんなで泣く。特に今年死んだ男の子の場合は悲しみの有り様について考えさせられます。
日常規範では死者の名を口にすることはタブーとされています。みんなに災いをもたらすからです。その代わり、祭りで思いっきり楽しんだ後に、みんなで泣く。年二回の祭りの時にはみんなで悲しみを共有する。男の子は誰の子供と言うわけではなく、みんなの子供。
だから母親や家族だけが悲しむ必要はないのでしょう。
「一人部屋」「一人暮らし」だとか・・・
「本音とタテマエ」「エンリョの美学(!?)」だとか・・・・
「人前で泣いちゃ、だめ」「自分で何とかしなきゃ」だとか・・・・・
私たちは、何をそんなに面倒くさいことしているんだろうと思いました。
目の前にあるありのままの「現実」が無理やり引き離されて、
「現実はこうなんだ
」ってウソや言い訳を山盛り覆いかぶされているような感覚…
ウソや言い訳で頭はだませても、心まではだませません
「感情は、共認のためにある
」
「共認充足こそ、最大の活力源である
」
それを、ヤノマミ族のみんなが体現してくれているのだと思いました
私たちは、もっと現実を知り、現実を認め、受け入れることで充たされるんだということを学びました
ありがとう
投稿者 staff : 14:45 | コメント (4) | トラックバック
2010年01月20日
『お客さん』について考えなおす☆.。.:*・°

こんにちは
あこりんです
『お客さん』というと、一般的には、お金を払ってモノやサービスを提供してもらう立場の人のことを指しますよね
だけど、そのあり方が最近、変わってきた
というのです
私たちは単なるお客さんでは、満足できなくなっているのかも??
今日は、そんな興味深い投稿について、紹介します
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(ありがとうございます
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『お客さん』とは、一般的には、お金を払ってモノやサービスを提供してもらう立場の人のことを指します。
ですが私は、ある日、一般的に思われている『お客さん』という考え方を覆すような経験しました。
仕事休みの日に、私は街を歩いていました。昼食にちょうどいい時間になり、どこかで外食をしようとしました。そこでたまたま、とあるベトナム料理屋に入りました。
入ったとたん、店主のベトナム人男性は、にこやかにもてなしてくれました。私は料理とデザートを注文し、しばらくすると料理が来ました。
料理を食べた後、デザートを待っている間に店の中にあるベトナムの文化、あるいは観光のことが書いてある本を読んで待っていました
。やがて、デザートが来てこれも食べました。支払いの際、店主の男性に店に置いてある本にはベトナム伝統の祭りや文化、料理のことが書いてあっておもしろかったと話すと、非常に喜んでいました
。
しばらくして、私は再びこの店に立ち寄りました。(まだ気になるメニューがあって食べたかったというのが本音でしたが。)すると店主の男性が出てきました。店主から出てきた言葉は、無機的な『いらっしゃいませ』というあいさつではなく、 『お兄さんおかえりなさい。』という言葉でした。私はびっくりしましたが、店主の態度は友好的でした。
料理を食べながら、店の中で蛇やカエルなどが描かれた装飾品があることを店主に話しました。すると店主は、『蛇やカエルやトカゲは、大事な動物だから模様に使われているんだよ。』と快く教えてくれました
。
それからしばらくして、代金を支払おうとしました。店主の男性は、 『君は好奇心旺盛だね。』といいつつ、私に対してにこやかな表情で握手
をし、 『お兄ちゃん、また来てね。』 と最後に言いました。
このことは、チェーン店のレストランでは見られないことでした。この店の店主は、私を ただの『お客さん』として扱ったのではないと思います。むしろ、 『友好的』な存在
として見たのでは、という感覚です。
私は全く想像していませんでした。ただ単純に、ベトナム文化や料理のことについて尋ねただけでした。推測にすぎないかもしれませんが、店主の男性からしてみれば、 『自分たちの誇りある文化や料理に、興味や関心を持ってくれた。』という喜びの気持ちがわいたのでしょう。
後になって考えると、私はこの店の店主に対して無意識に『お金』以外の形で『喜び』や『活力』を与えたのではないのでしょうか。もしかしたら、店主の男性も、料理を食べてもらうだけ、お金をもらうだけでは満足できないのかもしれません。それと同時に、料理を通してベトナムという国、あるいは文化や心を知ってもらいたいという気持ちがあるのかもしれない、と思いました。
私がこの経験で考えたこと。それは、これからは『お客さん』にも、『モノ、サービスを提供する側』に対してお金以外にも『喜び』や『活力』を与えることがより強く要求されるのでは、ということです。言いかえると、 『お客さんとしての品格』かもしれません。
今はデフレでモノが売れず、金回りも悪いです。だからこそ、『モノ、サービスを提供する側』が、『お客さん』を単に満足させるだけではすまないと思います。同時に、『お客さん』も、『提供する側』に対して受け身一方にならずに、 『喜び』や『活力』を与えることを考える必要が出てくると思います。
このことは、なんでや露店にも当てはまると思います。露店のスタッフと、お金を払って気になる『お題』についてスタッフと一緒に答えを出そうと訪れた人。そして 『お題』についての答えが出た喜びを、露店のスタッフと訪れた人が分かち合い、新しい活力とする。これもまた、『お客さん』と、『提供する側』が一方通行ではなく、互いに『喜び』や『活力』を与え、そして分かち合っているひとつの形なのです。
私自身、なんでや露店に立ち寄った経験がなかったら、このようなことは考えなかったと思います
。
( 『『お客さん』という立場について考え直してみませんか。』 より)
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お客さん
であれ、店主
であれ、お互いに、
もうお金だけでは満足できなくなっているんですね
どのような場面でも、
『喜び』と『活力』をお互いに与えられるような関係でありたいです☆.。.:*・°
投稿者 staff : 23:51 | コメント (3) | トラックバック
2010年01月19日
仕事が楽しくなる方法♪ ~これからの時代は闘争して充足する~
1月も中盤になり、年始気分は抜けたところでしょうか
これから2月3月と期末に向けて、忙しくなっていきますね
そこで今日は
仕事が楽しくなる方法♪ ~これからの時代は闘争して充足する~
をお伝えします
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(ありがとうございます
)
「闘争して充足する」が分かった♪最近、手を尽くし、必死になって取り組んだ仕事で
契約が取れなかったことがありました。
最後の最後で加わった競合との競り合いに負けてしまったこと![]()
これらは涙が出るくらいの悔しさでした![]()
そして、上司や仲間に営業報告をした際に、
「どうしたら良かったのか」を扱ってもらいました。これまでは、上手くいかなかった時に、悲観的になったり、
傍観者的だったり、言い訳したりしていた私。
でも、この時は
「これが出来たのでは?」
「根本的な原因はこれでは?」と言ってもらえる
一言一言がとても有難くて、
「とにかく出来るようになりたい」
「みんなの思考方法に同化したい」
って心底思っている私がそこにいました。
また、みんなに指摘してもらえること、どうしたらいいのか考えてもらえることに、「次こそ、頑張ろう![]()
」と充足や活力をもらったという感覚を得たのです。
本当に、期待に応えたいから
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勝ちたいから実現したいから
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本気だから、仲間の一言一言が
嬉しく、有り難い。。。![]()
「みんながいるから、実現できる」ってこういうことか…!
みんなのために闘ってる男の人ほど謙虚で、感謝の想いに溢れていて、
みんなの一言一言を大事にしてるのはこういうことか…!
(参考:るいネット投稿)
…と、これまでに目にしてきた
「闘争することでの充足」が
本当の意味で分かった気がしています。本気で、闘えば闘うほど、
充足に充ちて、活力が増していく。
涙が出るほどの失敗は、
「闘争して充足する」が自身の感覚になった
嬉しい出来事になりました。![]()
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そう、仕事で充足するのは、とことん追求した時
なんです
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これからの充足とは、闘争して充足する☆
成果が出ずに充足はできませんよね
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投稿者 staff : 21:39 | コメント (2) | トラックバック
2010年01月15日
日常の“おしゃべり”、何を話してますか??
みなさん、こんにちは~
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日常生活でこんな悩みありませんか
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後輩指導が上手くいかないなぁ
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部下の活力(成果)があがらないなぁ![]()
彼氏(彼女)とイマイチ盛り上がらないなぁって人は・・・
「会話と言えば、意味のない(テレビ
とか?)話」
「なんで、できないの?」(を何度も言っちゃうo(TヘTo))
「お前って、こうだよな~(笑)」(ちゃかしちゃう)
こんな風になっていませんか?(ρ_;)グスン
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これじゃあ、やる気でないし、楽しくない~
ってゆうのはわかりますが、
「それは、なんで?」「どうしたら、やる気できるおしゃべり
ができるの
」
は、意外とみんなわかってないのでは・・?
ということで、今日は「おしゃべり」を少し掘り下げて考えてみます
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(ありがとうございます)
まずは、脳回路のお勉強から…
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脳には、ミラーニューロンという神経細胞があり、注目を集めています
>イタリア・パルマ大のリゾラッティ教授らは、サルが手で餌をつかみ取るときの脳内の神経活動を調べていた。そのとき反応する神経細胞が、他のサルが餌を取る様子を見るだけでも同様に反応することを発見した。他人の動作を自分の頭の中に写し出す鏡のような反応を示すことから、ミラーニューロンと名付けられた。ミラーニューロンは、他人の行動をあたかも自分の行動のように感じ取る細胞。
つまり、相手=自分、同化機能、共認機能とも言い換えられそうです
>ミラーニューロン=相手同一視の機能それ自体が、脳内の一つの統合機能 >さらにこのミラーニューロンが運動性言語野の中、すなわち話すという行為をつかさどる大脳内の部位に存在する話をする(⇒聞く)ということは、脳機能と照らし合わせても、共認回路に大きく影響します。
だから、日々のおしゃべりで充足できないって、結構致命的かも(゜ーÅ)>つまり言語=話すことの原点は相手に対する評価もしくは応望(応答)が原点であった例えば、女たちの期待掛けが成功しているのも、
(「女原理の凄さ!! 女原理に感謝!!」)後輩指導が上手い先輩も・・・「最近、こんなとこいいね☆なんか秘訣あるの?」
「この前、こんな話きいたよ~。どうかした?」
「この間ね、○○さんのこんな話聞いたの!よかったら真似してみて☆」い つ も 相手(周り)を注視(評価)し、期待(応望)している。
日々、共認充足している♪共認回路をフル稼働させている☆だ か ら (*'‐'*)♪・・・・
日々の”おしゃべりの中身”って、すごく大事なんです!
ちょっと上手くいかないなぁ・・・って人は、ぜひ、日々のおしゃべりの中身を変えてみてください☆
きっと180度変わってくるハズ♪
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おしゃべり
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って、日頃なんとなくしているものだけど、
共認充足が基盤にある![]()
それを知れたら、もっともっと充足を作り出していけそう![]()
もっともっと、毎日楽しく、元気に過ごせそう![]()
こちらも合わせてご覧下さい
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健康=元気の素ってなんだろう?シリーズ![]()
(自然の摂理から環境を考えるブログより)
その1~共認充足がないと生きてはいけない
その2~同化機能ってなんだろう?
その3~共認充足は「活力」そのもの!
その4~言葉以前に感じる深い共認充足
その5~相手と自分を同一視する潜在思念☆+゜
その6~相手への応望こそ、おしゃべりの原点☆投稿者 staff : 17:35 | コメント (0) | トラックバック
2010年01月13日
問いの立て方☆.。.:*・°
こんにちはあこりんです
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日々、考えることがあると思いますが、
その時に「問いの立て方」を
意識したことってありますか?「仕事は何のためにするのか?」と「良い仕事とは何か?」を考えるのでは、頭の使い方が180度違う
って、知ってました
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(ありがとうございます)
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「仕事は何の為にするのか?」この問いを今日、とある人と日常会話の中で話す機会があった。
その方は自分の為、家族の為がベースにあるという話しをされていたが、それだけではないだろう、という事でその他に何があるか探し出すような会話が続いた。
「社会の為、お客の為、会社の為、全部そうなんだけどきれい過ぎますね。」という相手からの言葉からその後の続きがなかなかできなかった。さて、その後しばし考えていたが、たしかに「仕事は何の為にするのか」という問いに対しては非常に答えづらい、考えづらい。私たちは日常的にそのような事をいちいち考えて行動をしていないからだ。
問いを変えてみたらどうかと考えた。「良い仕事とは何か」を考えていけば答えは瞬時に容易になる。
社会の為のことを考えている仕事
お客の為の・・・、会社の為の・・・、仲間の為の・・・、
全部良い仕事の条件になることは誰が考えても容易に納得できる。
逆に自分の為の・・・、お金のための・・・、と考えると
そのスタンスでは良い仕事はなかなかできない事がすぐに理解できる。これならその人に言えばきっと伝わるのではないか。(まだ伝えていないが・・・)
つまり問いの建て方が重要なのだ。
前者は自分発で問いを立ててしまったということ。その点、後者は”良い”という評価軸を入れたために自分という対象を外す事ができた。当然良い仕事と評価するのは周りであり、相手である。考えやすくなったのは他でもない、問いそのものが自然に相手発に変わっている点である。この気づきは面白い。つまり自分発だと答えが見つからないが、相手発だと答えや方針は容易に即座に見つかる。これまで自分発では答えは出ないという事は何度も経験してきたが、こうして2つの問いを比べてみると、この違いは歴然であり自分発で問いを立てることがいかに愚かな事であるか気づくことができる。
現代人の悩みは(個人を原点とした)この問いの建て方の誤り故に発生しているのである。
(『問いの建て方によって思考のベクトルは180度変わる!』より)
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>自分発だと答えが見つからないが、
>相手発だと答えや方針は容易に即座に見つかる。これって、なるほどでした☆.。.:*・°
自分発の問いではなくて、相手発の問いを立てて、
まっとうに頭を使っていきたいです![]()
投稿者 staff : 23:10 | コメント (2) | トラックバック
2010年01月12日
この一年で社会は大きく変った☆
2010年が始まって、2週間たちましたね![]()
さて、2010年はどんな年になるでしょ![]()
1年って短いようで、すっごい長い
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たった1年でいろいろ変われるんです
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(ありがとうございます)
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一年前からサロンと劇場に参加されている方から、「この一年で大きく変ったな~」
という発言が!
一年前は、国民全体が金貸し支配にだまされてきたし、
日本がアメリカの言うことに反抗するような事態が起こるなんて、
想像さえもしなかった。
あれだけマスコミが民主を叩いていたのに、
まさか民主が勝つなんて思ってもいなかった。それに、
サロンや劇場、るいネットを知るまでは、
世の中の全ての情報はウソばかりだと思ってきたが、
こうやって事実を追究しているサイトが、
るいネットのほかにもあることを知った。
そして、るいネットで言われているように、社会は動いてきている。
確かに~と思いました☆マスコミが発信するウソ
がどんどんもたなくなってきている。
次々口コミも含めて、あれってウソなんでしょ![]()
って
発言が普通の人からも出るようになってきている![]()
何が事実なのかという視点で、社会の動きを見ようとしている![]()
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この1年で社会は大きく変りました!!
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改めて振り返ってみると、変わったところいっぱいあります
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身の回り、社会のこと振り返って、そして今年実現したいことを考えてみてください![]()
来年に実現できていることもたくさんあるかも![]()
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投稿者 staff : 23:57 | コメント (0) | トラックバック
2010年01月08日
幼少期からの、あそびの効用。
みなさん、こんにちは
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年明けから何だか冷えますね~![]()
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お正月
実家に戻って、
「あぁ、ここでみんなでよく遊んだなぁ」
「あ“だるまさんが転んだ”してた木だぁ
」
なんて、昔遊んだ場所を久々に見て、なんだかほっこり
しました
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でも、いまや親戚や友達の子どもを見ていると、
みんなゲームばっかりやってる・・![]()
小さい時からゲーム漬けで、大丈夫なのかなぁ![]()
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ということで、今日は“遊びの効用”についての投稿
をご紹介します
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(ありがとうございます)
年齢に応じた幼少期の活発な遊びが、体と心と頭の調和と秩序を育むという説は間違いない。ひたすら充足を志向する肉体と心の欠乏が強く結びついて、工夫思考が発達していく。その為には、豊かな自然外圧と年齢構成に適度の幅がある仲間が集るのが良い。
還暦越えの私だが、老母が云うには、確り文字を覚える前から天気図は読みこなしていたという。嘗て我が家は漁業を生業としていたために、近くの気象台から新聞のように毎日、海洋気象に関する天気図が配達されてきた。
海あり山あり川ありの育ちだったが、学校に行く前、学校から帰ってから、そして学校の無い日と、遊び心豊かな幼少期を過すことが出来た。
魚を釣るには餌の用意がいる。となると、餌のゴカイは大潮の干潮時に潮が引いた川底を掘り起こさねばならない。餌のサシ(蝿の幼虫たる蛆虫)は鰹の頭を陽に晒して蛆が湧いてコロコロになるまでの日数を計算せねばならない。ミミズはサクラミミズからノラミミズまでその棲み処は秘密の場所となる。錘は鉛を溶かしてはがきをを丸めた筒に流し込んで作る。それなりに頭を使い、仲間との共同作業が、段取りが欠かせなかった。
そして当日、低気圧に見舞われ海が荒れれば、魚は砂で腹を一杯にして海底に潜んで如何しても釣れない。となればサシを餌に川釣りとなる。
率先して遊びを創りだすガキがいて、ガキ仲間の心と行動がまとまる。その充足体験の繰り返しの中から、仲間と共に働く能力が育まれるように思う。
今や携帯電話を手にして仕事に向かうが、ガキのころはナイフが必需の道具で、手から離すことは有り得ぬことであった。
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読むだけで、わくわくしますね
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こうして遊んできた世代は、「何でも楽しめる」「何でも実現できる」というイメージや考え方、身のこなし、仲間とすり合わせが肉体化していそうです![]()
ゲームでは得ることのできない、全身を使った現実の遊び
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これこそが、大人になったときになによりの糧になるんじゃないかなと思います![]()
投稿者 staff : 17:20 | コメント (3) | トラックバック
2010年01月06日
想いを伝え合っていこう☆.。.:*・°
どうもあこりんです
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友人の女性が悩んでいたのです
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自分が、上司に応えても全然喜んでくれない~って。。。
充足がないままでは、応えることも続かない~って。。。そこで、ネットサロン
の議長さん(♀)に相談したところ、すっごく“なるほど!”な答えが返ってきたのです
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(ありがとうございます)
『その女性は、一回で相手の想いを汲み取ろうとしていない?』
そう言ってもらったんです!
たしかに!その女性は自分の想いを100とすると、100の想いを投げて、100返ってこなかったら全てなかったことにしてるのかも
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って、すっごく気づきでした。
1回で完璧に想いが通じあうことなんてなくって、 『こうかな?』 『どうかな?』 『そうかも!』 etc…相手と何回もやりとりする中で、相手のキモチが汲み取れ、自分の想いも伝わります。
1回、すれ違ったりタイミングが悪かったりして伝わらなくってあきらめるんじゃなくって、私も想いを伝え合っていきたいです☆.。.:*・°
投稿者 staff : 21:22 | コメント (6) | トラックバック
2010年01月01日
あけまして、おめでとうございます!~共認形成することとは、生きるということ~
あけまして、おめでとうございます
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旧年中は、なんでやカード工房をご愛読いただきまして、ありがとうございます
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2010年も、よりお応えできるようがんばりますよろしくお願いします
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今年一番に投稿するのは、『共認形成をすることとは、生きている証。』という投稿
です。
これは、私たちが生きる意味、なんでや(=共認運動)をする意味そのものです![]()
じっくり、読んでみて下さい![]()
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露店では必ず
「なんで、この活動をしているんですか?」
と聞かれる。なぜ、人は共認形成をするのだろう?
>共認こそ人類の命綱
人は決して一人では生きていけない。
周りと共認することで生きている。そして、
>その共認内容は人類の命運を左右する(例えば、共認内容を誤れば人類は滅亡する)ものだから、マスコミをはじめ、誤った共認形成には物怖じせずに突っ込み追求していくことが必要だし、事実の共認をより多くの人に広めていくことも、みなと充足することも必要。
つまり、共認形成をすることとは、人として生きているということの証。
>とりあえず何かやっているという満足感で終わってしまい、この行為が果たしてどう繋がっているのか?などは考えない。
(「それ以上考えないことが問題」)何もしない、何も考えないでは、死んでいるのと同じ。
共認形成とは「生きる。=活きる。」ということなんだと思う。
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なんで屋は『活力再生事業』
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いつもありがとうございます
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この番組です
ありませんか
って人は・・・
とか?)話」
)
ってゆうのはわかりますが、
できるおしゃべり
ができるの
こちらも合わせてご覧下さい
より)

実家に戻って、
」


あけまして、おめでとうございます
です。


